St_Hakky’s blog

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「すみません」よりも意義のある言葉を

こんにちは。


「すみません」

「申し訳ございません」


これらは割とよく日本人が使う言葉なのかなぁと思います。今日はこれについて書きます。

○謝っても気持ち的な意味以外の状況は一ミリも改善されない

これは最近、僕の身の回りのいくつかの団体で発生している出来事ですが、広く日本的にみても、会社などで不祥事が起きるとその会社の社長が辞任(謝罪とか責任を取ってという意味で)するといったような出来事が多く発生しているかと思います。

気持ち的な面で謝ることは大事なのは事実で、またこれが常に当てはまる訳ではないとは思うんですが、大抵の場合「謝っても気持ち的な意味以外の状況は一ミリも改善されない」ことが多いんじゃないかなぁと。

僕自身の行動として振り返って見ると、恐ろしいことに、以下のようなシチュエーション(謝って終わったが一ミリも状況が変わっていないシーン)って今までも結構あったなぁと。

〜遅刻した場合〜
A氏:「遅刻しました。すみません。」
B氏:「おけ」

〜締切に間に合わなかった場合〜
A氏:「すみません、〇〇が間に合いません。大変申し訳ございません。」
B氏:「いつ出せる?」

とまぁこんな感じで、「すみません」までは言ったとしても、そこから先のアクションが一ミリもなく、完全に受け身状態になるということです。

確かに謝ることは大事かもしれませんが、それで「君の責任をどうやってこの状況から挽回するのか」の方が、その謝る姿勢を本当の意味で示す、つまり行動として示すことの方が大事なんじゃないかなぁと、最近思うようになりました。

○これはもはや文化的な背景なのか

これは文化的なものなのかもしれないと最近は思うようになりました。外国人と話す機会も増え、ふと言われたのが「日本人よく謝るね」みたいなことです。例えば以下の動画とかにも取り上げられてますね。

youtu.be

あんまり日本と外国の比較って一般論すぎて好きではないけど、確かに外国人の人からあんまり謝られたことはないなぁと笑。あとは以下の記事。

日本人の謝罪文化を知ることの大切さ | 「人」の視点から、グローバル化を。
日本人は謝りすぎ?日本人にとっての「すみません」外国人との違い

上の記事を見ると、いわゆる「謝る」シーンのような状況になった時に、

・日本:「謝ってきちんと気持ちを示すこと」に重きを置く
・諸外国:「謝ることよりも、責任をきちんと果たす or 責任の所在が自分にないことを示すこと」に重きを置く

というような感じで別れるのかなぁと。もちろん、これはあくまで一般論ですが、文化的な背景が強い事象なのかもしれないです。

○そうは言ってもビジネスシーンで且つ身内ではこれはイラナイ

対会社間であったら、まずはしっかり「謝る気持ち」を示し、そのあとで対応を練るのがいいでしょう。



しかし、こと身内(会社内)に関しては、これはいらないなぁと。



「すみません」の5文字のタイピングが本当に無駄だし、割と謝罪文を考えるのって時間がかかるじゃないですか笑(経験談)



その時間を使うのなら、その謝るべき事象に対して「こうします」のアクションを言って、それをするべきなんじゃないかなぁと。それが本質的には「謝った」ことになるんじゃないかと。

謝るよりも、実はその後の行動の方が難しいって思ってとりあえず謝っているのであれば、それは本当にダメで、全然謝っていないことになっちゃうんじゃないかな、と。

身内だったら、そんなのお昼ご飯とか食べた時とかお酒飲んでいる時に、「ごめんなさい」っていえばいいじゃないと思うし、行動で示すことが多くなったら、こういう「謝る」って本当に少なくなるだろうし、みんなでカバーってそういうことなんじゃないかなぁと。

この手の本質ではない活動に、どれくらい時間を使っているのだろうと思うと、それって結局時給換算にすると本当に無駄で、もっと他にするべきことがあるんじゃないかなぁと思うわけです。

起きてしまったことは起きてしまったんだから、それにクヨクヨ謝罪を求める方も、やる方も、本当に有益なことに時間を割いているとは思えない訳なのです。

もちろん、そうじゃない空間もあるはずで、状況によって変わるだろうし、一概にこれがいいというわけでもないと思うのですが、いろんな団体で同時期にこのような事象が起こっていたので、体感的に多いなぁと思ったので書きました。

それでは。